あなたの会社でも起きていませんか?
「AIがすべてを解決してくれる」という熱狂的な期待が。
最近、多くの企業でGenerative AIやAgentic AIに対する期待が異常なレベルまで高まっています。
そして、この現象は現場で働く技術者にとって深刻な問題となりつつあるのです。
魔法の箱としてのAI
ある企業では、こんな要求が出されました。
毎日の顧客データをすべてLLMに投入して、ビジネスに役立つ洞察を自動で生成してほしい
この要求を聞いた担当者は、転職を考え始めたそうです。
なぜでしょうか。
理由は単純です。
AIは魔法の箱ではありません。
特定のタスクに対して適切に設計・評価されたときに初めて価値を発揮するツールなのです。
PowerBIダッシュボードの悲劇
別の企業では、さらに興味深い事例がありました。
KPIに基づいて構築されたPowerBIダッシュボードがすでに存在していました。
にもかかわらず、経営陣はこう言い出したのです。
ダッシュボードの数字を読むのは面倒だ。 AIに読ませて、面白い洞察だけを抽出してほしい
この発想の問題点は明白です。
データから無理やり「面白い」パターンを見つけ出そうとする行為は、統計学でいう「データドレッジング」に他なりません。
つまり、偶然のパターンを意味のある洞察と誤認するリスクが高まるのです。
現実的なアプローチ
では、どうすればこの状況を改善できるでしょうか。
実際にAIプロジェクトで成功している企業には共通点があります。
それは、AIを従来のシステム開発やML問題と同じように扱うことです。
具体的には以下のステップを踏んでいます:
- パフォーマンス指標を明確に定義する
- きちんと評価を行う
- ROI(投資対効果)を測定する
この基本的なステップを踏まずに期待するのは危険です。
「とりあえずAIを使えば何か素晴らしいことが起きる」という考えは捨てるべきでしょう。
精度の問題を可視化する
あるIT監査人は、上司にAIの限界を理解してもらうため実例を示しました。
規制文書をChatGPTベースのAIに読み込ませました。
そして、特定のトピックとページ番号の対応表を作成させたのです。
結果は驚くべきものでした。
すべてのページ番号が間違っていたのです。
一方、同じタスクをCtrl+Fで検索すれば、どうでしょう。
プロンプトを書く時間の半分で正確な結果が得られました。
この例が示すのは重要な事実です。
AIには苦手とする領域があるということです。
特に、正確性が求められる数値や参照情報の処理では、従来の方法が優れている場合が多いのです。
組織としての対応
大規模な企業では、AI利用に関するガバナンス体制を構築する動きが広がっています。
新しいAIユースケースを提案する際の流れは次のとおりです:
- ビジネスケースキャンバスの作成を義務付ける
- 機会とコストを明確にする
- 長期的な運用体制まで考慮させる
また、外部コンサルタントを活用する企業も増えています。
経営陣向けの教育プログラムを実施し、第三者の視点から現実的な期待値を設定するのです。
これにより、社内の専門家の意見も受け入れやすくなります。
コードレビューのパラドックス
開発現場では、別の課題も浮上しています。
LLMがコードを生成してくれれば、開発が効率化する
この期待に対し、あるエンジニアはこう指摘しました。
LLMが生成したコードでも、一行一行レビューして承認する必要がある。 そして、他人が書いたコードをレビューするのは、自分で書くより難しい
実際の開発工数を考えてみましょう。
その大部分は、コードを書くことではありません。
問題を理解し、解決策を設計することに費やされます。
この本質的な部分は、現在のAI技術では代替できないのです。
今後の展望
AIへの過度な期待は、新技術に対する典型的な反応です。
重要なのは、この熱狂を冷静に受け止めることです。
そして、現実的な活用方法を模索する必要があります。
AIは確かに強力なツールです。
しかし、それは適切に使われたときに限ります。
AIが得意とする領域:
- テキストの要約
- 文書の分類
- パターン認識
AIが苦手とする領域:
- 複雑な推論
- 正確性が求められる作業
- 多段階の論理的思考
技術者としてできることは何でしょうか。
それは、小さな成功事例を積み重ねることです。
そして、組織全体のAIリテラシーを向上させていくことでしょう。
派手な約束ではなく、地道な改善を示していく。
それが、現在の熱狂を建設的な方向に導く最良の方法かもしれません。