2026年2月23日、IBMの株価が一日で約13%暴落しました。
25年ぶりの最大下落幅です。
きっかけは、Anthropicが公開した一本のブログ記事でした。
Claude CodeによるCOBOLコードベースのモダナイゼーション支援を発表した内容です。
たったそれだけで、310億ドル以上の時価総額が消えています。
この出来事はRedditでも大きな議論を巻き起こしました。
本記事では、その議論の中から見えてきた多角的な視点を紹介します。
COBOLとは何か、なぜ今なのか
COBOLは1959年に開発されたプログラミング言語です。
「古い」の一言で片付けられがちですが、現実はそう単純ではありません。
米国のATM取引の約95%は、今もCOBOL上で動いています。
銀行、航空、政府の基幹システムもこの言語に依存しているのが実情です。
問題は、COBOLを扱えるエンジニアが急速に減っていること。
現役のCOBOLプログラマーの多くは60代以上です。
しかも、若手がこの言語を学ぶ動機はほとんどありません。
30年前から「死んだ言語」と言われ続けながら、基幹システムの中で静かに動き続けてきました。
Anthropicはここに目をつけたわけです。
同社によると、Claude Codeを使えば以下のことが可能になるとしています。
- 膨大なCOBOLコードベースの依存関係をマッピングする
- ワークフローを自動で文書化する
- 人間のアナリストが数ヶ月かけて発見するリスクを洗い出す
同社のブログでは「レガシーコードのモダナイゼーションが停滞していたのは、理解するコストが書き直すコストを上回っていたから。
AIがその方程式を逆転させる」と述べています。
市場は過剰反応したのか
Redditの議論で最も多かった意見は「この下落はやりすぎ」というものでした。
その理由は明快です。
銀行がCOBOLから移行しない理由は「時間やコスト」ではなく「リスク」だから。
あるユーザーは、銀行には資金も時間も十分にあったと指摘しています。
そのうえで、移行を妨げてきた本当のボトルネックは「壊滅的な障害が起きるリスク」だと述べていました。
AIがハルシネーションを起こす現状では、結局すべてのコードを人間がレビューしなければなりません。
つまり、根本的なボトルネックは解消されていないという見方です。
実際、ある元バンカーの体験談が興味深いものでした。
JPモルガン・チェースの前身であるバンク・ワンで、トランザクションエンジンの移行プロジェクトに携わったそうです。
複数年に及ぶ大規模プロジェクトだったとのこと。
単にコードを変換すれば済む話ではありません。
リアルタイムメッセージング、バッチ処理の廃止、関連する複数のストリームへの影響など、移行コストは膨大です。
それに見合うリターンが見込めなかったと語っていました。
さらに冷静な指摘もあります。
IBMは3年前の2023年に、すでにAIを使ってCOBOLをJavaに変換する「watsonx Code Assistant for Z」をリリース済みです。
Anthropicが発表したのは「新しいツール」ではなく、既存のClaude Codeの機能に関するマーケティングにすぎないのではないか、と。
あるユーザーは「実際に確認したが、新しいSkillファイルもCOBOL専用機能もなかった。ただマーケティング資料を出しただけ」と報告していました。
それでも脅威は本物
一方で、「過剰反応だ」と言い切れない側面もあります。
IBMのコンサルティング収益の大部分は、レガシーシステムのモダナイゼーション契約から来ています。
あるRedditユーザーの分析によれば、IBMのCOBOL保守を依頼している企業は年間で莫大な費用を払っているとのこと。
Claudeがその保守タスクの30%でもこなせるなら、一夜にして数十億ドル規模の市場が覆ることになります。
コンサルティング業界で働くユーザーからの声も注目に値します。
彼によれば、Anthropicが本当に狙っているのはコードの移行ではありません。
分析とドキュメント化です。
多くのクライアントは、レガシーシステムのドキュメントすら持っていないそうです。
Claude Codeが複数のエージェントを並行して走らせ、コードベース全体のインフラ概要を人間の何分の一もの時間で出せるとしたらどうでしょう。
それだけで、モダナイゼーションのハードルは大幅に下がります。
実際にCOBOLからJavaへの移行プロジェクトを新卒で経験したというユーザーも、同様の見解を示していました。
最も苦労したのは「COBOLのコードが何をしているかを理解する部分」だったそうです。
チームにはCOBOL専門家が一人しかおらず、その人がボトルネックになっていたとのこと。
理解さえできれば、Javaで再現するのは容易だったと振り返っています。
「バイブコーディング」への反発と現実
Redditの議論で盛り上がったのが「重要インフラをバイブコーディングするのか」という皮肉でした。
数百万ドル、数十億ドルが動くシステムをAI任せにする。
そのリスクは誰もが感じています。
しかし、ここには認識のずれがあります。
複数のユーザーが指摘していたように、バイブコーディングとAI支援開発はまったく別物です。
バイブコーディングは文字通り「ノリで」AIに丸投げする使い方を指します。
一方、シニアエンジニアがClaude Codeを分析ツールとして活用し、人間が最終判断を下すアプローチは、リスク管理の観点からも十分に現実的でしょう。
あるユーザーはVB6のバグ修正にClaude Codeを使った体験を共有していました。
10代の頃に触れた言語を、40代で再び扱う羽目になったそうです。
しかし、Claude Codeのおかげでスムーズに作業できたとのこと。
COBOL専用ツールが必要なわけではなく、十分なコンテキストさえ与えれば、シニア開発者の要件翻訳に使えるという実例です。
IBMの構造的な問題
議論の中では、IBM自体への不満も多く見られました。
「IBMはイノベーションハブとしてはとっくに死んでいる」
「短期的な利益を追い続けて、あらゆるリードを失った」
といった辛辣な声がRedditには並んでいます。
IBM自身もAIを使ったCOBOLモダナイゼーションツールを提供しています。
にもかかわらず、複数のユーザーが「IBMの製品を使ったことがあるなら、お察し」と皮肉を込めていました。
技術的には対抗手段を持っているはずのIBMが、なぜ市場にこれほどの恐怖を与えたのか。
それは技術の問題というよりも、IBMという企業への信頼の問題なのかもしれません。
IBMのソフトウェア・商業部門の責任者であるRob Thomasは、ブログで反論を公開しています。
COBOLコードの翻訳はエンタープライズシステムのモダナイゼーションとは別物であり、メインフレームの価値はプログラミング言語ではなくプラットフォームアーキテクチャにある、という主張です。
技術的には正しい指摘でしょう。
ただし、市場がそのニュアンスを汲み取るかどうかは別の話です。
「安全な領域」はもう存在しない
この出来事がもたらした最も大きな示唆は、もはやニッチな領域も安全ではないという点かもしれません。
組み込みシステム、メインフレーム、銀行系。これらは主流のソフトウェアエンジニアリングよりもAIの影響を受けにくいと考えられてきました。
しかし、波は確実に押し寄せています。
ただし、視点を変えれば、これは脅威であると同時に機会でもあります。
エンタープライズのレガシーシステム刷新は、今後10年以上にわたる巨大な市場になるでしょう。
AIに仕事を奪われるのではなく、AIを武器にしてこの市場を攻略できるエンジニアにとっては、むしろ追い風です。
まとめ
AnthropicのCOBOLモダナイゼーション発表は、IBM株を25年ぶりの急落に追い込みました。
しかし、Reddit上の議論を見る限り、実態は複雑です。
銀行がCOBOLから移行しない最大の理由は、時間やコストではありません。
リスクです。
AIはそのリスクを根本的に解消するレベルにはまだ達していないでしょう。
一方で、コードの分析や文書化という「理解のコスト」を劇的に下げるポテンシャルは確かにあります。
IBMのコンサルティングビジネスにとっては、実質的な脅威になりうるわけです。
この出来事を「一本のブログ記事で310億ドルが吹き飛んだ笑い話」と片付けるのは簡単です。
しかし、その背後には、レガシーシステムに依存し続ける産業の構造的な脆さがあります。
そして、AIが徐々にその脆さを露呈させている現実も。
市場が過剰反応したかどうかの答えは、おそらく1年後に出るでしょう。
Redditでも複数のユーザーが「RemindMe 1 year」を設定していました。
