海外の掲示板Redditで、ある投稿が話題になりました。
カナダの中規模企業でIT部長を務める人物による悲鳴です。
「シャドーAIが制御不能になっている」と。
シャドーAIとは何か。
従業員が会社の許可なく、個人のAIアカウントを業務に使用する行為を指します。
社内文書をChatGPTに貼り付ける。
機密データをAIに分析させる。
禁止しても誰も従わない。
この投稿には多くの共感と実践的なアドバイスが寄せられました。
本記事では、この議論から見えてきた企業とAIの向き合い方を考察します。
禁止は機能しない
投稿者は約100人規模の企業で、シャドーAIを禁止したと述べています。
しかし結果は明らかでした。
誰も従わなかったのです。
あるコメントは本質を突いていました。
「人は水のようなもの。禁止されても迂回路を見つける」と。
FacebookやNetflixを社内ネットワークでブロックしても、従業員はスマートフォンで視聴を続けた。
同じことがAIでも起きています。
さらに厄介なのは、DLP(データ損失防止)ツールでも防げないという現実です。
画面をスマートフォンで撮影する。
その画像をAIに読み込ませる。
すぐにテキストへ変換される。
技術的な制御には限界があるのです。
別の投稿者は、最新のChromeにGeminiが組み込まれた事例を挙げていました。
会社のOneDriveを開いた状態で、Geminiに「今見ているものは何?」と尋ねたそうです。
すると、詳細に説明してくれたとのこと。
プライバシーに厳格な大企業でさえ、ブラウザ更新を強制された結果、こうした事態が発生しています。
トップパフォーマーほどAIを使う
興味深い指摘がありました。
「会社の稼ぎ頭はみんなAIを使っている」というものです。
高い成果を出す従業員ほど、AIを業務に取り入れている。
彼らはルールを破っているのかもしれません。
しかし同時に、会社に利益をもたらしてもいる。
あるコメントは、この矛盾を皮肉に表現していました。
トップの営業3人とシニアアソシエイト1人をクビにしました。 次は何をすればいいですか? あ、マネージングパートナーから電話だ
もちろん、セキュリティリスクを軽視してよいわけではありません。
顧客データを無断で第三者に送信する行為は、発覚すれば企業の信頼を根本から揺るがします。
ただし現実問題として、「全員をクビにする」という選択肢は取れないでしょう。
解決策:公式ツールを提供する
では、どうすればよいのか。
多くのコメントが同じ方向を指していました。
「従業員が使いたいツールを、会社が公式に提供する」という方法です。
ある企業のCIO経験者は、シャドーAIを「R&D活動」として捉え直すことを提案しています。
従業員は何が効果的で何がそうでないかを、身銭を切って実験してくれている。
その知見を会社に還元してもらう。
そして法務部門の承認を得たバージョンを正式に導入する。
この流れが現実的だと述べていました。
具体的なステップとしては、まず従業員へのアンケートが推奨されていました。
どのAIツールを使っているのか。
何に使っているのか。
人気のあるツールを把握した上で、エンタープライズ契約を結ぶ。
こうすれば抵抗感なく移行が進むはずです。
ツール選定のポイント
投稿者は「1〜2年でレースに負けるベンダーは避けたい」と述べていました。
この懸念に対して、複数の視点が示されています。
Microsoft Copilot
Microsoft環境の企業であれば有力候補です。
SharePoint、Teams、Outlookとの統合は他のツールにない強み。
特にResearcher機能への評価は高く、社内文書の横断検索に威力を発揮するとのこと。
一方で批判も少なくありません。
「シンプルな表計算の結合を頼んだら、無関係なデータで埋まった画像が出てきた」という報告がありました。
「基本的なコーディングでミスが多い」という声も。
ただしこれらは半年前の体験談であり、改善されている可能性はあります。
Gemini
Google Workspace環境なら自然な選択肢でしょう。
既にメールやドキュメントへのアクセス権限が設定されています。
そのためセキュリティ面での追加調整が少なくて済みます。
Claude
「ビジネス用途では最高」という評価がある一方、「利用上限が厳しい」「市場シェアが小さく将来が不安」という懸念も見られました。
ただし収益化において他社より先行しているとの情報もあり、判断は分かれるところです。
トレーニングの重要性
投稿者は「ツール導入時にトレーニングを行ったか」とも質問していました。
この点について、興味深い事例が共有されています。
ある企業では、ChatGPTを早くから使いこなしていた従業員に社内ワークショップの講師を任せているそうです。
上から押し付けるトレーニングよりも、同僚同士が教え合う文化のほうが浸透しやすい。
実務に即した知識が共有されるため、効果も高いとのこと。
別の投稿者は、1日1〜2件のペースで企業向けAIトレーニングを実施していると述べています。
そこで見えてきたのは、ツール選定よりも大切なことがあるという点でした。
選んだツールの機能を全員が使いこなせるようにすること。
これが重要だと。
プロジェクト機能やカスタム指示を活用している人は少数派です。
多くは「テキストを入力するだけ」の使い方にとどまっているのが実情だそうです。
シャドーAIは症状に過ぎない
最も示唆に富むコメントの一つは、「シャドーAIはデータ基盤の問題の症状に過ぎない」というものでした。
従業員がわざわざ社内文書をスクリーンショットしてChatGPTに貼り付けるのは、なぜか。
社内システムから必要な情報をスムーズに取り出せないからです。
レガシーシステムが分断されている。
メタデータが整備されていない。
検索しても目的の文書にたどり着けない。
この根本原因を放置したまま「どのAIツールを導入するか」を議論しても、問題は解決しないでしょう。
逆に言えば、データ基盤を整備すれば公式AIツールが実用的になります。
そうすれば、従業員がシャドーAIに頼る必要もなくなるはずです。
従業員を大人として扱う
議論の中で繰り返し強調されていたのは、「従業員を子供扱いしない」という姿勢です。
セキュリティ部門がルールを押し付け、違反者を処罰する。
このアプローチには限界があります。
従業員は、自分たちを守るためのルールと、官僚的な手続きのためのルールを見分けられます。
後者だと認識されれば、尊重されなくなるのは当然の帰結でしょう。
IT部門の役割は、ブロックと制限ではありません。
従業員のニーズを理解し、安全な形で実現すること。
早期導入者を「問題児」ではなく「先駆者」として巻き込む。
彼らの知見を全社に展開する。
そうすることで、IT部門は「障壁」から「味方」へと立場を変えられます。
まとめ
シャドーAIは、もはや禁止で対処できる段階を超えています。
技術的な制御には限界がある。
そして優秀な従業員ほどAIを使いこなしているのが現実です。
企業が取るべき道は明確でしょう。
まず従業員が何を使っているかを把握する。
次に人気のあるツールを公式に導入する。
トレーニングで全員のスキルを底上げする。
そしてデータ基盤を整備し、公式ツールを使う動機を生み出す。
AIツール市場は激しい競争の最中にあります。
数ヶ月単位で勢力図が変わる。
完璧な選択を求めて動けなくなるよりも、まずは始めてみることが重要ではないでしょうか。
選んだツールに全社をロックインする必要はありません。
タスク単位でLLMを切り替えられるのが、この技術の特徴なのですから。
最後に、ある投稿者の言葉を紹介します。
「ITは可能性の技芸である」と。
制限と禁止ではなく、新しい可能性を切り開く部門として、AIと向き合う姿勢が問われています。
