AIでコードを書くと「本物じゃない」のか?プログラマーの世代間対立が示すもの

AIでコードを書くと「本物じゃない」のか?プログラマーの世代間対立が示すもの AI

最近、海外のプログラマーコミュニティで「バイブコーディング(Vibe Coding)」という言葉が話題になっています。
この言葉は、AIを活用したコーディング手法を指します。

しかし、その使われ方には賛否両論があるようです。
本記事では、Redditのプログラマーコミュニティで展開された議論を参考に、AI支援開発の現状と課題について考察します。

「バイブコーディング」とは何か

もともと「バイブコーディング」は、AIコーディングエージェントの創始者であるAndrej Karpathy氏が提唱した概念です。
AIにプロンプトを与え、その「ノリ」や「雰囲気」でコードを生成させる手法を指します。

しかし、この言葉の使われ方がコミュニティ内で分かれています。
ある人は生産性向上ツールとしてポジティブに捉えます。
一方で、別の人は批判や皮肉の道具として使っているのです。

議論の対立構造

Redditでの議論を読むと、興味深い対立構造が見えてきます。

ある38年のキャリアを持つベテラン開発者が投稿を行いました。
その趣旨は「バイブコーディングという言葉で他人を批判するのは恥ずかしい。やめるべきだ」というものです。

彼の主張はこうでした。
プログラミングの歴史を振り返ると、常に新しいツールへの抵抗があったと。

IDEを使えば「本物のプログラマーはvimを使う」と言われました。
フレームワークを使えば「本物のプログラマーはゼロから書く」と批判されました。
Stack Overflowを使えば「本物のプログラマーはドキュメントを読む」という声が上がりました。

そして今、AIを使うと「それはバイブコーディングだ」と言われます。
この投稿に対して、コミュニティからは様々な反応がありました。

批判派の視点:見落とされている区別

多くのコメントが指摘していたのは、投稿者が重要な区別を見落としているという点でした。

コミュニティの一人はこう述べています。

問題になっているのは、あなたのような経験豊富な開発者がAIをツールとして使うことではない。
批判されているのは、プログラミングの知識がゼロの人が40万行のコードを生成して、その内容を一切説明できないケースだ

この指摘は核心を突いています。
つまり、以下の2つは根本的に異なるということです。

一つは、経験ある開発者がAIで生成されたコードをレビューし、理解し、必要に応じて修正する使い方。
もう一つは、プログラミングの基礎知識なしにAIが出力するものをそのまま採用する使い方です。

前者は生産性向上のための合理的なアプローチといえます。
後者については、セキュリティや保守性の観点から懸念の声があがっています。

擁護派の視点:抽象化の歴史

一方で、擁護派の意見にも傾聴すべき点があります。

プログラミングの歴史は抽象化の歴史でもあります。
アセンブリ言語から高級言語へ。
手書きコードからフレームワークへ。

私たちは常に「その下のレイヤー」を完全に理解しているわけではありません。

考えてみてください。
V8エンジンの内部実装を把握している開発者はどれだけいるでしょうか。
使用しているフレームワークの全てのソースコードを読んだ人は。依存パッケージの暗号化ロジックを検証した人は。

私たちは「十分な理解」を持ち、その下のレイヤーを信頼して構築しています。
AIもまた、新たな抽象化レイヤーの一つと捉えることもできるわけです。

現場からの声:多様な活用事例

議論の中で印象的だったのは、様々な立場からの体験談でした。

あるネットワークエンジニアは、自身の経験をこう語っています。

私は開発者ではなく、ネットワークエンジニアです。
数千台のスイッチと数十万のエンドポイントを持つ企業のアーキテクチャと運用を担当しています。
AIを使ってネットワークの自動化を実現しました。
静的設定からInfrastructure as Codeへの移行。
通常なら数ヶ月かかる作業を短期間で完了させたのです

彼の強みはプログラミングそのものではありません。
アーキテクチャを理解し、必要なソリューションをモデル化する能力にあります。
AIはその能力を増幅させるツールとして機能しているようです。

また、グラフィックデザイナーからはこんな声も。

私はデザイナーですが、HTML、CSS、JavaScriptの基礎は学びました。
ゼロから書くのは無理です。
でも、コードを読んで調整する程度のことはできます。
AIコーディングツールは、まさにそういう人間にとって最適なパートナーなのです

彼女は、メールテンプレートをカスタムHTML/CSSで作成した際、異なるメールクライアントでの表示問題に直面しました。
AIに未対応コードの削除とフォールバックの実装を依頼して解決したそうです。
「知識ゼロの人なら、そもそもチェックすべきことすら気づかないでしょう」と彼女は言います。

本当の問題は何か

議論を追っていくと、本当の問題が見えてきます。

問題の本質は「AIを使うこと」自体ではありません。
問題は「理解せずに出力を採用すること」にあります。

一人のコメント者は、自分が12歳の時に作った「Webサーバー」を例に挙げていました。
当時、QBasicでWebアプリを作れるツールを公開したそうです。

しかし、セキュリティについて全く考慮していませんでした。
多くの人がそのコードを使い、結果的に危険な状態が生まれたのです。

この話の要点は何か。
初心者がセキュリティの細部を理解することを期待するのは現実的ではないということです。
問題は、理解が追いつく前に本番環境にデプロイしてしまうケースにあります。

AIは、知識のない人でも「動く」ものを素早く作れるようにしました。
これは素晴らしいことです。
しかし「動く」と「安全で保守可能」の間には大きな隔たりがあります。

ゲートキーピングの問題

とはいえ、批判の全てが正当なわけではありません。

「あいつはAIを使っている、だからスロップ(低品質なもの)だ」という短絡的な批判があります。
これは建設的とは言えません。
コードの品質を見ずに、ツールの使用だけで判断するのは不公平です。

あるコメント者はこう指摘しています。
「ツールが労働の一層を崩壊させるたびに、そのレイヤーにアイデンティティを築いていた人々は奪われた気分になる」と。

確かに、長年かけて習得したスキルがAIによって数秒で再現されるのは心理的に受け入れがたいかもしれません。
しかし、プログラマーの価値は「構文の暗記」にあったわけではないはずです。

何を構築すべきか、なぜそれが必要かを判断する力。
それこそが本来の価値ではないでしょうか。

レビューと品質管理の重要性

AIを使うか使わないかに関わらず、結局のところ重要なのはレビューと品質管理です。
人間が書いたコードも、AIが生成したコードも、適切なレビューなしにはリスクを伴います。

あるベテラン開発者は皮肉を込めてこう述べていました。

人間が書いたひどいコードを、コメントもなしに引き継いできた経験は何度もある。
AIのコードだけが問題というわけではない

グラフィックデザイナーの彼女も、重要な点を指摘しています。

AIが生成したものをレビューしないと、意図しないことを『言って』しまう。
私がバリュープロポジションを作成していた時、AIは勝手に『Google Workspaceで200人以上のユーザーを管理』と書いた。
実際には35人程度なのに。
レビューしなければ、上司から嘘つき呼ばわりされていたでしょう

結局、人間による確認作業は不可欠です。
これはAI時代になっても変わりません。

新しい時代のスキルセット

この議論から浮かび上がってくるのは、プログラマーに求められるスキルセットの変化です。

従来は「コードを書く能力」が中心でした。
しかしAI時代においては、異なる能力が重要になるかもしれません。

まず、問題を明確に定義し、AIに伝える能力。
曖昧なプロンプトからは曖昧な結果しか得られません。
何を作りたいのか、どのような制約があるのかを明確に言語化するスキルが求められます。

次に、生成されたコードを評価する能力。
正しく動作するか。セキュリティの問題はないか。
保守可能な設計になっているか。
これらを判断するには、基礎的なプログラミング知識が依然として必要です。

そして、アーキテクチャ全体を俯瞰する能力。
個々の関数を書くことよりも、システム全体の設計を考える力が相対的に重要になってきています。

議論から学べること

このRedditでの議論全体を通じて、いくつかの学びがありました。

第一に、言葉の定義を曖昧にしたまま議論すると、話が噛み合わなくなるということ。
「バイブコーディング」という言葉が指す範囲について、参加者の認識が異なっていました。
そのため、多くの議論がすれ違っていたのです。

第二に、極端なポジションには偏りがあるということ。
「AIは全て悪」も「AIへの批判は全てゲートキーピング」も、どちらも現実を正確に捉えていません。

第三に、新しいツールへの適応は個人の選択であるということ。
強制されるべきものではありません。
ただし、市場が最終的にどちらの働き方を求めるかは、時間が証明するでしょう。

まとめ

「バイブコーディング」をめぐる議論は、単なる用語の問題ではありません。

プログラミングという職業のアイデンティティ。
AIとの協働のあり方。
品質管理の責任。

これらのより深いテーマを含んでいます。

AIを生産性向上ツールとして活用することは、もはや避けられない流れでしょう。
同時に、理解せずに出力を採用することのリスクも認識すべきです。

重要なのは、ツールの使用そのものではありません。
そのツールをどう使うかです。

レビューを怠らず、品質を担保し、自分が出力したものに責任を持つ。
これは人間が書こうとAIが生成しようと、変わらない原則といえます。

新しいツールを恐れる必要はありません。
しかし、盲目的に信頼する必要もないのです。

結局のところ、最終的な判断と責任は人間にあります。
AIはあくまでもツール。
それを使いこなすのは私たち自身なのですから。

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