「バイブコーディング」はもう卒業? AIを使った本格的な開発に名前が必要な理由

「バイブコーディング」はもう卒業? AIを使った本格的な開発に名前が必要な理由 AI

「バイブコーディング(vibe-coding)」という言葉をご存知でしょうか。

深夜2時にLovableやCursorにプロンプトを投げて、ToDoアプリを雑に作る。
そんな行為を指す言葉として、この用語は広まりました。

しかし今、状況は変わっています。
多くの開発者がAIを使って本番コードをデプロイしています。

数時間かかるバグを数分で修正し、仕様書を書く前にプロトタイプを完成させる。
そんな使い方も珍しくありません。

これを「バイブ(ノリ)」と呼ぶのは、どこか違和感がありませんか。

Redditの開発者コミュニティで、この話題が盛り上がりました。
本記事では、その議論をもとに、AI時代の開発スタイルを何と呼ぶべきか考えてみます。

「バイブコーディング」が抱える問題

バイブコーディングという言葉には、ある含意があります。
「本当のコーディングではない」「ただ遊んでいるだけ」という響きです。

この言葉が生まれた背景を考えれば、それも当然でしょう。
AIにプロンプトを渡して、出力されたコードを読みもせず、動けばOK。
そんなスタイルを表現するために誕生した用語だからです。

ところが、実態は変わりつつあります。

Claude CodeやCursorなどのツールを使いこなす開発者の多くは、まずアーキテクチャを設計します。
そしてAIに実装を任せ、差分を一行ずつレビューし、イテレーションを回す。

バージョン管理もCI/CDも当たり前。
テストも書く。
これは「ノリ」ではなく、れっきとした開発プロセスです。

あるRedditユーザーの言葉が、この違いを鮮明に表現していました。

もし同僚にコードの全行を説明できるなら、それは開発だ。
動くことを祈っているだけなら、それがバイブコーディングだ

何が違うのか:プロセスの差

バイブコーディングと本格的なAI活用開発の違いは、使うツールではありません。
プロセスです。

バイブコーディングでは、コードを「ブラックボックス」として扱います。
中身を知らず、AIをインターフェースとしてのみ使う。

「保存機能を追加して」とプロンプトを投げ、保存できたら完了。
コードは見ない。
動くか動かないか。
それだけが判断基準です。

一方、プロフェッショナルなAI活用開発はどうでしょう。
まず要件を定義します。
そしてAIに実装させ、生成された差分を理解した上でレビューする。

おかしな箇所があれば修正を指示し、テストを走らせます。
AIがコードを書いたとしても、そのコードに対する責任は開発者自身が持つわけです。

つまり、コードの出所は問題ではありません。
コードに対する姿勢と責任の取り方。
それが本質的な違いと言えるでしょう。

「ソフトウェア開発」でいいのでは?

Reddit上で大きな支持を集めた意見の一つが、「新しい名前なんか要らない」というものでした。
ソフトウェア開発はソフトウェア開発だ、と。

この主張には説得力があります。

振り返ってみてください。
Dreamweaverが登場したとき、Web開発の名前は変わりませんでした。

IDEにオートコンプリートが搭載されても、呼び方はそのまま。
Stack Overflowが開発者の日常になっても、「Stack Overflow支援型開発」とは誰も言いません。

紙にコードを書いてパンチカードに変換していた時代から、プログラミングはプログラミングです。
ツールが進化しても、仕事の本質は変わっていない。

問題を分析し、解決策を設計し、実装し、検証する。
このサイクル自体は同じままです。

ある開発者はこう表現しました。

バージョン管理支援型開発とは言わないだろう? 
バージョン管理は使って当たり前だから。
AIも同じ道をたどるはずだ

近い将来、AIの利用はあまりにも当たり前になるでしょう。
そうなれば、わざわざ名前を付ける必要すらなくなるかもしれません。

それでも名前が必要なら:「エージェンティックコーディング」

とはいえ、過渡期には区別が必要な場面もあります。

Reddit上で最も支持を集めた代替案は「エージェンティックコーディング(Agentic Coding)」でした。
「エージェンティックエンジニアリング(Agentic Engineering)」という表現も支持されています。

この用語が好まれる理由は明確です。
「エージェンティック」という言葉は、AIが自律的にコードを探索し、判断し、実装する様子を表しています。

同時に、開発者がハンドルを握り続けている。
そういう構図も含んでいるのです。

AIはジュニアエンジニアのように振る舞います。
明確に定義されたユーザーストーリーを受け取り、コードを書き、テストを実行する。

そしてレビュー待ちの状態にする。開発者はそのアウトプットを評価し、方向修正を行う。
この関係性を「エージェンティック」という言葉はうまく捉えています。

ちなみに、Claude Code自体がClaude Codeによって開発されているという事実は興味深いところです。
明確なユーザーストーリーと適切なSDLC(ソフトウェア開発ライフサイクル)に基づいた、エージェンティックコーディングの実例とも言えるでしょう。

もう一つの視点:名前が必要なのはAIを使わない方かも

面白い逆転の発想もありました。
「名前が必要なのは、AIなしで開発するほうだ」という意見です。

あるチームは冗談交じりに、AI未使用の開発を「フリーレンジコーディング(free range coding)」と名付けたそうです。

将来的にはヒッピーなハッカソンでしか見かけなくなるだろう。
レコードを聴きながら、ブラウン管モニターでコーディングするような場所で

冗談ではあります。
しかしAIツールの普及速度を考えると、あながち的外れでもないかもしれません。

現場の声:AIとの協働はどんな感覚か

ここまでの議論をまとめると、一つの共通認識が浮かび上がります。
AIとの協働開発には、独特の感覚があるということです。

あるベテラン開発者は、自分の役割を「パターンディレクター」と表現しました。
経験に基づいてアーキテクチャを設計し、トレードオフを評価する。

そしてAIにビジョンの具現化を任せる。
問題解決自体はなくならない。

ただ、問題の性質が変わったのだ、と。
構文レベルの問題から、より抽象的で定性的なものへ。

別の開発者は、AIとの開発を「猫の群れをまとめるような感覚」と表現しました。
スレッドの劣化、ハルシネーション、コンテキストの喪失、ループ。

AIは放っておくと止まってしまう。
だからこそ人間がタスクを明確に割り当て、進捗を監視し、軌道修正を行う必要がある、と。

どちらの表現にも共通するのは、AIを使った開発が「楽をしている」のではないという点です。
従来とは別の種類のスキルが求められている。
そのことが見えてきます。

まとめ

「バイブコーディング」という言葉は、今後も残り続けるでしょう。
AIに丸投げしてコードを理解しない開発スタイルを指す用語として。

しかし、プロフェッショナルがAIと協働して本番システムを構築する行為を、同じ言葉でくくるべきではありません。

呼び方は何でもいいのかもしれません。
「エージェンティックコーディング」でも、「ソフトウェア開発」でも。
大切なのは、コードに対する責任を持ち、理解し、品質を担保するプロセスを維持すること。

ツールは常に進化します。

アセンブラからC言語へ。
テキストエディタからIDEへ。
手動テストからCI/CDへ。

AI支援もその延長線上にあります。

変わらないのは、良いソフトウェアを作るために必要な思考力と責任感です。
その本質さえ見失わなければ、名前は後からついてくるのではないでしょうか。

タイトルとURLをコピーしました