AIがコードを書く時代に、エンジニアは何者でいられるのか

AIがコードを書く時代に、エンジニアは何者でいられるのか AI

ソフトウェア開発の現場で、ある種の危機が静かに広がっています。

恐怖ではありません。
もっと根深い何かです。
自分の存在意義を問い直すような、実存的な危機と言えるでしょう。

先日、海外の開発者コミュニティ(Reddit)で、あるエンジニアリングディレクターの投稿が大きな反響を呼びました。
チームのモラルが下がり続けている。
そして、AIの導入によりメンバーが「自分の仕事は一体何なのか」と問い始めている、と。

本記事では、この投稿と数百件に及ぶコメントから見えてきたものを整理します。
テーマは、AIとエンジニアの関係性です。

美しいコードを書くことが誇りだった人たち

投稿者は24年のソフトウェア業界経験を持つディレクターです。
8人のチームを率いています。
メンバーの多くとは9年以上の付き合いで、互いへの信頼関係も深い。

問題の核心は、AIがコードを書く時代に「自分たちは何をもたらせるのか」という問いでした。

特に苦しんでいるのは、美しく保守性の高いコードに誇りを持ってきたエンジニアたちです。
彼らは後輩のコードレビューを通じて技術的な美意識を共有してきました。

アルゴリズムの最適化に喜びを見出してもきた。
そうした職人的な価値観が、根底から揺さぶられているのです。

コメント欄で、ある開発者がこう表現していました。

JIRAのバックログからチケットを取り出して、スキャンして袋に詰める。
まるでスーパーのレジ打ちだ。
Claudeが仕事をしている間、ぼんやりと空想してしまう

「ビルダー」と「クラフトマン」という二つの顔

この議論を通じて浮かび上がったのは、開発者には大きく二つのタイプが存在するという見方です。

一つ目は「ビルダー」型。
プロダクトを世に出すこと、ユーザーに価値を届けることに喜びを感じるタイプです。

こうした人たちにとって、AIは強力な味方になります。
今まで3ヶ月かかっていたプロトタイプが1週間で形になる。
その加速感に興奮を覚えるわけです。

二つ目は「クラフトマン」型。
コードを書くプロセスそのものに喜びを感じます。

パズルを解く感覚、エレガントな解法にたどり着いた瞬間が報酬です。
こちらにとって、AIは喜びの源泉を奪う存在に映ります。

あるコメントが本質を突いていました。
「難しいビデオゲームを自分でクリアするのと、誰かにクリアしてもらうのと。同じ達成感を得られるだろうか?」と。

もちろん、多くの開発者はこの二つの要素を併せ持っています。
片方だけの人は少ない。

だからこそ、状況は複雑なのです。
「ビルダー」の部分はAIを歓迎する。

しかし「クラフトマン」の部分は喪失感を抱く。
一人の中で矛盾した感情が渦巻きます。

抽象化レイヤーの上昇という視点

22年のキャリアを持つあるCTOが、興味深い歴史的視点を提供していました。

パンチカードの時代を思い出してほしい、と。
美しく保守性の高いパンチカードを打つことに誇りを持つ人がいた。

アセンブリの時代も同様だった。
C言語やJavaの時代にも、そうした職人たちは常に存在してきた。

つまり、開発者の仕事は常に「抽象化レイヤーの上昇」を経験してきたわけです。
今回もその延長線上にあると見ることは可能でしょう。

さらに別のベテラン開発者は、1980〜90年代の出版業界の変革を引き合いに出しました。
写植工やリトグラフ技師といった専門職がDTPの登場で消えた。

一夜にしてです。
しかし、その後に起きたのはグラフィックデザインへの爆発的な需要増加でした。

製品は変わらない。
作り方が根本的に変わっただけだ。
写植工にならず、どんなツールでも高品質な成果を生み出せる人になれ

このアドバイスに、多くの賛同が集まっていました。

経営層への不信感という壁

もう一つ、見逃せない論点がありました。
経営層への不信感です。

投稿者のチームでは、経営陣が「AIは生産性向上ツールにすぎない」と繰り返し述べていました。
しかし、エンジニアたちはその言葉を信じていません。
経営層の本音は人件費削減だろう、と感じ取っているのです。

あるコメントが率直にこう指摘していました。

経営陣は、まだ実現していない未来の中に生きている。
AIがすべてを解決するから、開発者はそれに向けて働けと言う。
そんなリーダーを、どう信頼しろというのか

この不信感は深刻です。
技術的な変化そのものよりも、影響は大きいかもしれません。
自分の能力や経験が軽視されていると感じたとき、人のモチベーションは根こそぎ失われるからです。

リーダーにとっての実践的なヒント

では、こうした状況でリーダーはどう動くべきでしょうか。
コメント欄には、実務経験に基づく具体的な提案が多く寄せられていました。

まず、何よりも「聞く」こと。
あるマネージャーの言葉を借りれば、こうです。

何も言うな。まず聞け。
もっと聞け。
さらに聞け。
聞いた内容を繰り返して、正しく理解しているか確認しろ。
それだけで問題の大半は解決する

ポジティブなフレーミングを急ぐ前に、エンジニアの感情を受け止める。
それが出発点になるでしょう。

次に、AIを探求する自由時間を設けること。
具体的には、2週間に半日の個人プロジェクトやハッカソンの時間を設ける。
新しいモデルやワークフロー、エージェントの評価を担当する小チームを作る。

そして、その成果を全社で共有する。
こうした仕組みが、「やらされる変化」を「自分で選ぶ変化」に転換するというのです。

実際にハッカソンを導入したチームからは、AIエージェントとの相性の良さを報告する声がありました。
以前はプロトタイプに数日かかっていた。

それがAIの力で一気に形にできるようになった。
アイデアを試すハードルが劇的に下がったと。

さらに、キャリアの方向性を再定義する支援も重要です。
もしAIコンダクターとしての仕事に価値を見出せないメンバーがいるなら、どうするか。
無理にポジティブな話をするのではなく、社外への転職支援も選択肢に含めるべきだという意見がありました。

面接のための時間を勤務時間内に認める。
推薦状を書く。自分のネットワークを提供する。
その姿勢がチーム全体の信頼を生むのだと。

誰も答えを持っていないという正直さ

この議論全体を通じて感じたのは、「正解は誰にもわからない」という正直さでした。

楽観的な意見もあれば、深刻な警鐘を鳴らす声もある。
ある開発者は職を失い、今は清掃員として最低賃金で働いていると告白していました。

胸が痛みます。
一方で、AIのおかげで以前は不可能だったプロジェクトに挑戦できると興奮する声も本物でしょう。

あるベテランCTOは冷静にこう整理していました。

AIが全システムを自力で構築できるようになったらどうするか、と聞かれる。
でも、もっと大切な問いがある。
『それまでの間、私たちは何をするか?』だ

オフショア開発がすべてのエンジニアを置き換えると言われた時代もありました。
モバイルがデスクトップを殺すとも。
暗号通貨が法定通貨を終わらせるとも。
人は注目を集めるテーマについて大げさに語りがちです。

ただし、AIが過去の事例と異なる点は無視できません。
ツールやスキルの置き換えではなく、人間の認知能力そのものの領域に踏み込んでいるからです。
この違いを軽視すべきではないでしょう。

まとめ

AIの登場は、ソフトウェアエンジニアに技術的な変化を迫るだけではありません。
アイデンティティの変容も求めています。

「自分の仕事は何なのか」という問いに、安易な答えを出すのは誠実ではないでしょう。
AIが生産性を爆発的に向上させる未来と、エンジニアの職そのものが縮小する未来。
この二つは、矛盾なく同時に訪れる可能性があるからです。

ただ、この議論から一つ確かなことが読み取れました。
変化に対して人を動かすのは、正論ではなく信頼だということ。

リーダーがまずやるべきは、チームメンバーの不安を聞くこと。
共感すること。
そして、正直に「自分にも全部はわからない」と認めることかもしれません。

技術は進歩を止めません。
私たちにそれを止める力もない。

でも、その波をどう受け止め、どう乗るかは選べます。
一人で抱え込まないこと。
チームで対話を続けること。

そして、変化の先にある新しい「誇り」の形を、一緒に模索していくことではないでしょうか。

タイトルとURLをコピーしました