ある日突然、メール、電話番号、写真、連絡先、すべてのバックアップにアクセスできなくなる。
そんなことが実際に起きました。
しかも、違法行為をしたわけではありません。
仕事で使っただけです。
Redditやニュースメディアで話題になったこの事例から、巨大テック企業に依存するリスクについて考えてみましょう。
何が起きたのか
2026年2月、Brian Chase氏がLinkedInで衝撃的な投稿を行っています。
氏はアリゾナ大学ロースクールの非常勤教授です。
さらに、デジタルフォレンジクス企業ArcherHallのマネージングディレクターも務めています。
Chase氏はGoogleのAIリサーチツール「NotebookLM」に、担当中の刑事事件に関する法執行機関レポートをアップロードしました。
テキストのみのレポートで、画像や動画は含まれていません。
ただし、被告が児童性的虐待素材(CSAM)の所持で起訴されていたため、レポートにはCSAMへの言及がありました。
アップロードから数秒後、利用規約違反の通知が届きます。
翌営業日の月曜日。
目を覚ますと、Googleの全サービスからログアウトされていました。
Gmail、Google Voice、Google Photos、連絡先、電話のバックアップ。
すべてにアクセスできない状態です。
Google Voiceの電話番号すら使えません。
テキストだけでアカウント全体が停止される
この事例で注目すべき点があります。
Chase氏がアップロードしたのは、テキストのみのレポートだということです。
CSAMの画像や動画をアップロードしたわけではありません。
法的業務の一環として、事件の文書を分析しようとしただけでした。
Redditのコメント欄では、この点について興味深い議論が展開されました。
あるユーザーの指摘が印象的です。
LLMのセーフティフィルタは、テキストによるCSAMの記述もCSAMとして扱う仕組みになっていると。
つまり、画像でなくても、テキスト中の記述内容がフィルタに引っかかった可能性があるわけです。
セーフティフィルタがコンテンツをブロックすること自体は理解できるでしょう。
問題はその先にあります。
NotebookLMでのフラグが、アカウント全体のロックアウトに波及した。
この点こそが論点なのです。
本当の問題:異議申し立ての手段がない
Chase氏はアカウント停止に対して異議申し立てを行いました。
しかし、彼がLinkedInの投稿で書いたように、Googleに連絡する手段がなかったのです。
追加情報を提供する方法すらありません。
これは深刻な問題と言わざるを得ないでしょう。
あるRedditユーザーがこの点を鋭く突いています。
声の大きい人、つまりSNSで影響力のある人やメディアに取り上げられた人は、アカウントを復旧してもらえる。
でも、そうでない人はどうなるのか。
実際にChase氏のアカウントは火曜日の遅くに復旧されました。
しかし、記事を執筆したジャーナリストがGoogleのメディアチームに何度も問い合わせています。
それにもかかわらず、Googleは沈黙を貫いたままでした。
過去にも同様の事例が報告されています。
たとえば、子どもの医療目的の写真がCSAMとして誤検出されたケース。
あるいは、ギフトカードの購入パターンが不正利用と判定されたケース。
復旧に何ヶ月もかかったり、SNSで話題になるまで対応されなかったりした事例もあるようです。
スケールは言い訳にならない
Redditの議論で印象的だったのは、あるユーザーの主張です。
「スケールは言い訳にならない。スケールがあれば物事は楽になるはずだ」と。
問題を難しくしているのは、人件費を最小化して利益率を絞り出すために、顧客の苦情を無視していることだという指摘でした。
この主張は核心を突いています。
Googleほどの規模の企業であれば、自動化されたモデレーションシステムの誤検出に対応する人的リソースを配置できるはずです。
しかし現実には、誤判定のペナルティはすべてユーザー側に押し付けられています。
さらに深刻なのは、Googleのサービスが垂直・水平に統合されている構造的な問題でしょう。
メール、電話、写真、バックアップ、ドキュメント。
一つのアカウントにすべてが紐づいています。
そのため、一つのAIツールでのフラグが、デジタルライフ全体の停止に直結する。
地元の小さな企業で問題を起こしても影響は限定的です。
しかし、Googleでは爆発範囲が桁違いなのです。
米国AIツールが公的記録の分析を拒否する傾向
この事例は、もう一つの重要な問題も浮かび上がらせました。
元記事のジャーナリストが独自にテストを行っています。
その結果、NotebookLMはエプスタイン事件に関する司法省の公文書の要約や質問への回答を繰り返し拒否しました。
ChatGPTでも同様のパターンが確認されています。
回答を生成し始めた後にテキストが消え、利用ポリシー違反の警告に置き換わるという挙動です。
一方で、中国発のAIツールであるDeepSeekやKimiは、同じ文書を問題なく要約しました。
質問にも回答したとのこと。
OpenAIは「誤った拒否であり、修正に取り組んでいる」と回答しています。
ただし、具体的な原因や修正のタイムラインについては明らかにしていません。
公開された法的文書の分析をAIが拒否する。
この状況は、研究者やジャーナリストにとって大きな障壁となるでしょう。
私たちが学ぶべきこと
この事例は、いくつかの重要な教訓を含んでいます。
まず、単一のプラットフォームにデジタルライフ全体を預けるリスクです。
メールアドレス、電話番号、写真、バックアップ。
これらを一つのアカウントに集約すると、何か問題が起きたときの影響は壊滅的なものになります。
重要なデータは分散させることを検討すべきでしょう。
次に、自動化されたコンテンツモデレーションの限界も見えてきます。
AIベースのセーフティフィルタは、高速で大量のコンテンツを処理できます。
しかし、文脈を理解する能力には限界があるのです。
合法的な法的業務と違法行為を区別できない場面は避けられません。
誤検出が発生した際に人間が介入できる仕組みを整えることが重要です。
そして、テック企業に対するアカウンタビリティの問題にも目を向けるべきです。
集中した権力には、それに見合った説明責任と対応力が求められます。
政府であれ企業であれ個人であれ、権力の集中度が高まるほど、求められる責任の水準も高くなるべきではないでしょうか。
まとめ
AIのセーフティフィルタは重要な機能です。
CSAMのような有害コンテンツの拡散を防ぐ役割を担っています。
しかし、安全対策の実装方法には改善の余地があります。
合法的な利用が自動的に罰せられる。
異議申し立ての手段もない。
デジタルライフ全体が停止される。
こうした状況は、セーフティとユーザー保護のバランスが取れているとは言い難いでしょう。
この問題は特定の一人の弁護士に限った話ではありません。
Googleのサービスに依存しているすべてのユーザーに関わる構造的な問題です。
自分のデジタル資産がどれだけ一つのプラットフォームに依存しているか。
一度見直してみる価値はあるのではないでしょうか。
