先日、海外の掲示板Redditを眺めていました。
すると、面白い投稿を見つけたのです。
書いたのはエンジニア歴10年くらいの人で、AIとコーディングについての持論を語っていました。
投稿の主張はシンプルでした。
「次の大きなヒットサービスを作るのもいい。でも、本当に楽しいのはその逆だ」と言うのです。
つまり、自分ひとりしか使わない、小さくてバカバカしくて完璧なアプリを作れ、という話でした。
コードはずっと「魔法」だった、でも遅かった
投稿者はこう書いています。
コードを書くという行為は、昔から魔法みたいに感じていた、と。
ファイルに文字を打ち込む。
そして、いくつかコマンドを叩く。
すると、コンピュータが言ったとおりに動く。
冷静に考えると、これはかなり狂った話です。
ただし、その魔法には弱点がありました。
とにかく遅かったのです。
ちゃんとしたものを一つ作るのに、週末がまるごと潰れる。
下手をすれば何週間もかかる。
だから人は、その時間をかける価値があるものだけを選んで作ってきました。
ここで本題です。
AIによって、この前提がひっくり返りました。
アイデアを試すのに、もう何日もかかりません。
たった数分です。
コードを書く部分でも、UIでも、デザインでもない。
いまのボトルネックは「あなたの想像力」だけになった。
投稿者はそう言い切っています。
「作る価値があるもの」の計算式が変わった
作るコストがここまで安くなると、計算式そのものが変わります。
何を作るべきか、という基準のことです。
これまで一番価値があったのは、100万人がお金を払ってくれるものでした。
けれど、これからはちがう。
たった一人が心から愛するもの。
つまり、あなた自身のためのもの。
それが一番価値を持つようになる。
投稿者の言いたいことの核は、ここにあります。
たとえば、どんなものか。
本当に何でもいいそうです。
役に立つかどうかすら関係ありません。
家族に向けて「自分こそが一番かわいい子どもである理由」を1時間おきに送りつけるサービス。
文章の中の「but(しかし)」を全部「butt(おしり)」に置き換えるだけのChrome拡張。
近所の古本屋に特化した本のおすすめツール。
こんな小さくてくだらないソフトが、世の中にはたくさんあったはずです。
でも、生まれてきませんでした。
あと一歩、手間がほんの少しだけ大きすぎたからです。
それがもう作れる、というわけです。
コメント欄に並んだ「自分専用ツール」たち
この投稿、コメント欄がなかなか良かったです。
なので、いくつか紹介します。
みんな、自分が作った「自分だけのためのツール」を披露していました。
たとえば、健康やお金を好きな形で見られるダッシュボードを前日に作った、という人がいます。
別の人は、もっと作り込んでいました。
自分の住む街でその夜に演奏するバンドの音を、まとめて試聴できるアプリ。
それに200時間かけたそうです。
本人いわく、たとえ世界で自分しか使わなかったとしても、その手間をかける価値は十分あったとのこと。
議事録アプリを自作した人もいました。
市販のものほど洗練されてはいない。
けれど、自分の働き方にぴったり合っていて、何より「自分のものだ」と。
海外ドラマのセリフから名前を取ったらしく、こういう遊び心も自作ならではでしょう。
ほかにも、いろいろありました。
スマホと時計で動く超シンプルなスポーツアプリ(おまけで自分を褒めてくれる機能つき)。
家族旅行用のディズニーランド旅程ページ。
食事記録アプリのデータを全部書き出して、自分で分析するツール。
自分独特の探し方に合わせた航空券のアラート機能を、4時間で作った例まで。
さらに、LaTeXのテンプレートから、応募する役職に合わせて職務経歴書を生成するメーカーを作った人もいました。
並べてみると、どれも他人にとってはどうでもいい。
でも、作った本人にとっては最高なんですよね。
そこがいいところです。
自分専用だからこそ生まれる強み
なぜ自分専用がいいのか。
コメントの中に、腑に落ちる指摘がいくつかありました。
一つは、既存アプリの「75%問題」です。
世の中のアプリを使うと、自分のやりたいことの75%は叶う。
けれど、残り25%が微妙に邪魔をしてくる。
結局、手間のほうが大きく感じてしまう。
そんな経験、誰しもあるはずです。
仕事で使う機能なんて、数あるなかのたった2つか3つだけ。
そういうことも珍しくありません。
でも、自分で作ればちがいます。
必要な機能だけを組み合わせた一本を、自分で用意できるからです。
ある人は、これで仕事の一部が信じられないほど楽になったと書いていました。
もう一つは、責任の軽さです。
自分だけが使うものなら、他人のデータを預かる必要がありません。
コンプライアンスもプライバシーも気にしなくていい。
だから、物事が一気にシンプルになります。
ある人は、こうも指摘していました。
これを商売にした瞬間、作ること自体の楽しさが変わってしまう、と。
本当に芽がありそうなアイデアなら、事業化に挑むのもあり。
でも、いまは自分の問題を解決するのが純粋に楽しい。
そう書いていました。
摩擦が消えた、という声も目立ちました。
ツールの設定で3時間も格闘する。
そういうことがなくなって、いきなり作り始められる。
そして、摩擦が減ると見え方が変わります。
これまで「作るほどでもないな」と切り捨てていた小さなアイデア。
それが急に、作る価値のあるものに見えてくるのです。
この感覚は、実際にやってみた人ほど強く語っていました。
手放しで褒められていたわけではない
正直に書いておきます。
この投稿、賛否は分かれていました。
アイデアそのものは、多くの人が支持していた。
けれど、伝え方には冷ややかな反応もあったのです。
一番突っ込まれていたのが、冒頭の自己紹介でした。
「経験10年のエンジニアです」という出だしと、全体に漂う自己啓発っぽいトーン。
「これ、AIに書かせただろ」というツッコミも複数ありました。
コーディングをAIに任せるのはいい。
でも、文章まで全部AIに任せる必要はないんじゃないか。
そういう意見ですね。
耳が痛い人もいるかもしれません。
技術的な反論もありました。
投稿には「UIやデザインはもうボトルネックじゃない」とあります。
これに対して、それはUI/UXをまともにやったことがない人のセリフだ、と。
設計はそんなに簡単じゃない。
現場感のある指摘です。
さらに、現実的な声もありました。
他人が使うものを、ノリだけで作るのはやめてくれ、と。
将来AIの利用料が上がったとき、誰も使わない拡張機能の維持に思わぬコストがかかるぞ。
そんな皮肉もありました。
冷静に見れば、どれも一理あります。
ひとつだけ、現場寄りのコツ
おまけです。
実際に毎日AIコーディングを使っている人のコメントが、実践的でした。
なので、最後に紹介しておきます。
その人いわく、コツは「いつ任せて、いつ手綱を締めるか」を見極めることだそうです。
大きなリファクタリングは、意外なほどうまく任せられる。
一方で、業務ロジックに触れる部分はちがいます。
自分で先に仕様を書いてから渡す。
また、コードの全体を読み込ませて、処理の流れを追わせるような使い方も効くとのこと。
自分専用の小さなツールから、もう一歩踏み込んでみたい人には、参考になるはずです。
まとめ
この投稿が伝えたかったのは、結局こういうことだと思います。
作るコストが下がったいま、価値の基準が移りつつある。
「何人が使うか」から「自分がどれだけ愛せるか」へ、です。
スケールさせる必要はありません。
スタートアップと名乗る必要もありません。
ただ作って、使ってみて、その気持ちよさを味わえばいい。
もちろん、何でもAIに丸投げすればいいという話ではないでしょう。
伝え方への批判が、それを示しています。
他人に使わせるものなら、出力をていねいに磨く責任もあります。
それでも、自分ひとりのためだけにくだらないものを気軽に作れる。
そんな世界が広がっているのは確かです。
繰り返しになりますが、これは私の体験ではありません。
海外掲示板で見つけた投稿とコメントの紹介でした。
読んでいて、私も何か一つ作ってみたくなりました。
誰のためでもない、小さなツールを。
あなたなら、何を作りますか。
