なぜ私たちはAIで「自分だけのアプリ」を作り込みすぎてしまうのか

なぜ私たちはAIで「自分だけのアプリ」を作り込みすぎてしまうのか AI

最近、海外の掲示板Redditで興味深いスレッドを目にしました。
タイトルは「自分のためだけにアプリを作り込みすぎた人、他にもいる?」というものです。

投稿者は、自分専用のダッシュボードを構築している最中でした。

そして、ふと我に返ったそうです。
「自分は便利なものを作っているのか、それとも他のアプリを開かないためのアプリを作っているのか」と、少し戸惑い気味に語っていました。

このスレッドには多くの賛同が集まりました。
さらに、似た経験を持つユーザーが次々とコメントを寄せています。

読み進めるうちに、これは単なる「あるあるネタ」ではないと感じました。
むしろAI時代のソフトウェアのあり方を象徴する現象なのです。

本記事ではこのRedditスレッドから見えてくる傾向と、そこに潜む示唆を整理します。

投稿者が作った「自分専用ダッシュボード」

スレッド主が構築したのは、Notionをバックエンドに据えたPWA形式の個人ダッシュボードです。
タスク、カレンダー、ドキュメント、プロジェクト、家計、健康、メディア管理。
生活のほぼすべての領域を、一画面に集約しました。

家計部分では銀行APIから取引情報を取り込みます。
健康面ではフィットネストラッカーや筋トレ記録アプリのデータを引っ張ってきます。

映像管理では自宅サーバー上のメディアサーバーやダウンローダーと連携させました。
これにより、新着や進行中のダウンロード状況を一覧で確認できます。

そして、これらすべてが今日の予定や期限切れのタスクと一緒に、ホーム画面に統合される仕組みです。

興味深いのは、投稿者の姿勢です。
「すべての既存サービスを置き換えようとはしていない」と明言しています。

予定管理にはGoogleカレンダーを今も使っています。
また、ワークアウト記録は専用アプリのほうが優れていると素直に認めています。

自作のダッシュボードは、それらから「必要な部分だけを抽出して並べる場所」だと位置づけているのです。

コメント欄が映し出す共通の体験

このスレッドが面白いのは、コメント欄の充実ぶりです。
同じような体験談が次々と投下されています。

ある人は職場用の「ちょっとした」アプリを作り始めました。
しかし半年ほど経った今では、業務のメインツールに育っていると報告しています。

データが壊れない安全策を入念に組み込みました。
そして、ようやく安心して使えるようになったそうです。
「これは自分のロジックに100%合わせて作られていて、自分のためだけのもの。誇りを持って毎日使っている」と書かれていました。

別のコメントでは、地元のイベント情報が複数のサイトに散らばっているのを不便に感じた人物が登場します。
彼はスクレイパーを書きました。
そして、独自の地域ニュースレターを構築したのです。

当初は自分のためだけでした。
ところが、地域のガソリン価格、子ども向けプログラム、毎日変わる地域史の小ネタまで配信するように発展しました。

今では約150人の地元住民が購読しているそうです。
それでも本人は割り切っています。
「他人が解約してもまったく気にしない、自分が使い続けるためのものだから」と。

不動産系のファンドを運営する人物の話も印象的でした。
複数物件のP&L管理、異常支出の検知、四半期レポート生成。

これらを自前のポータルに統合したそうです。
週に約10時間を節約できました。
ただし他人にとっては、完全に無価値なツールだと本人も認めています。

教授の立場からの投稿もありました。
紙の試験を採点するUIを自作したそうです。

同じタイプの誤答は、ワンクリックで一括採点できます。
さらに、成績の集計やスプレッドシートへの反映まで自動化されています。

大学が市販の採点ソフトを契約してくれないなら、自分で作ればいい。
そういう発想です。

医療的ケアの必要なお子さんを持つ親の投稿も心に残りました。
家族や介護者向けに、摂取量と排泄量を記録するアプリを開発したそうです。

そして最終的にはWeb公開して、同じ境遇の家族にも使ってもらえるようにしました。
極めて狭いニッチではあります。
しかし「誰かの役に立てば作った甲斐がある」というスタンスでした。

「集約層」だけが生き残るという経験則

コメントを読み込むうちに、繰り返し登場する考え方があります。
それは生き残るアプリの条件についてです。

自作アプリのうち長く使われるのは、既存サービスを「置き換える」部分ではありません。
むしろ、それらを「束ねる」部分なのです。

あるコメント主はこう書いていました。

カレンダーやタスク管理の専門サービスにはどうしても敵わない。
だから本当の勝利は、6つのタブを朝の一画面にまとめる、その一点だけにある

別の人はもっと踏み込んだ表現を残しています。

あなたは他のアプリを避けるためのアプリを作ったのではない。
自分にとって理想のOSを偶然再発明してしまったのだ

長く生き残るのは、次の3つだそうです。

  • 複数のデータを一望できる集約機能
  • 自分だけの独特なワークフロー
  • 「今日何に注意すべきか」という摩擦を減らす仕組み

逆に消えていくのは「週末プロジェクトで数十億ドル規模のUXチームに勝とうとした」部分です。
気合を入れて作ったメール機能やカレンダー機能ほど、結局元の専用サービスに戻ってしまう。
これは多くの人が頷くポイントではないでしょうか。

「メンテナンスの罠」という冷静な視点

一方で、冷静な視点を提供するコメントも見逃せません。

長年プログラミングを続けてきたという開発者からの警告です。

個人用アプリの本当の問題は、作る段階ではない。
その後の長い保守期間にある

具体的にはこういうことです。

銀行APIの仕様が変わる。
Notionのフィールドが廃止される。
iOSがアップデートされてPWAが壊れる。

気づけば、メンテナンスのために頻繁にコンテキストスイッチを強いられます。
そして、節約したはずの時間がじわじわ削られていくのです。

このコメント主の提案は明快でした。
半年後に自問してみるべきだ、と。
「もし月額8ドルでこのダッシュボードを買えるなら、それでも自分は作るだろうか?」

イエスなら、そのアプリは本当にあなた専用に作り込まれた価値ある存在です。
ノーなら話は別です。
自作版はあくまで要件定義のためのプロトタイプであり、市販の保守されるサービスに移行する時期が来ている、ということになります。

別のベテラン開発者も似たトーンで予測していました。

世の中にはすでに必要以上のソフトウェアがある。
AIエージェントがあっても保守の面倒さは消えない。
自作ブームはそれを実感したときに沈静化していくだろう

これはAI生成コードの未来を考えるうえで興味深い視点です。

それでも作る人たちが共有していること

これらの注意喚起を踏まえても、コメント欄全体には別の空気が漂っています。
「それでも作る価値はある」という感覚です。

ある短い投稿は、二つの問いかけだけを残していました。

  • 作ることに喜びがあるか?
  • 何かを学べているか?

これに当てはまるなら、それで十分だ、というメッセージです。

別のコメントは、過去20年分の「いつかやりたかったアイデア」をAIの登場で一気に作り上げたという体験を語っていました。
誰にも見せないし、自分でさえもう二度と開かないかもしれない。

それでも頭の中にあったものを形にできた。
それだけで価値があったそうです。

「これは脳から思考をアンロードする最高のジャーナリングツールだ」と表現した人もいました。
書き留めるだけではありません。

その思考を最後まで形にしてくれます。
この点で、従来の日記とは決定的に違うのだそうです。

広がる応用範囲:投資、家計、健康、創作

スレッド全体を眺めると、自作アプリのテーマが驚くほど多岐にわたることに気づきます。
具体例を挙げてみましょう。

毎朝起きる前に、株式ポートフォリオの分析と市場ニュースをまとめるシステム。
英国訛りの音声で読み上げるMP3つきHTMLメールを、自動配信してくれるそうです。

OBD-IIスキャナーで車の走行データを取得し、可視化するダッシュボードもありました。
コメディクラブを運営する人物は、大手チケットサービスの手数料を節約するため発券システムを自作したと話しています。
ゴルフ仲間との賞金計算を瞬時に終わらせるアプリの投稿もありました。

さらに変わったものでは、Borgesの短編小説に着想を得て構築したという「迷宮的なデジタル装置」も登場します。
芸術と禅的探求のためのツールだそうです。

特に印象的だったコメントが一つあります。
Obsidian上に個人用のコーチを構築した人物の話です。

執行機能の補助、家計管理、メンタルヘルス、ビジネス開発。
複数のペルソナをプログラムして使い分けているそうです。

そしてこう書かれていました。

機能要望をソフトウェア会社に出す必要がない。
自分で気に入らない部分は、その場で変えられる。
これは人生を変えた。
もう既製品のタスク管理アプリには戻れない

これらに共通しているのは、機能の取捨選択です。
市販ソフトの99%の機能を切り捨て、自分が本当に使う1%の機能だけを徹底的に磨き込んでいます。

あるコメントの表現を借りれば「肥大化を全部取り除いて、自分が欲しいものだけを正確に作る」。
これがAI時代の自作アプリの本質なのかもしれません。

まとめ:ソフトウェアの「個人化」が静かに始まっている

このRedditスレッドが映し出しているのは、ソフトウェアのあり方の変化です。

万人向けに設計された汎用ツールから、たった一人のためにチューニングされた極端に個人的なツールへ。
そしてAIの進化が、その移行のハードルを劇的に下げました。

ただし、自作することが万能だと思い込むのは早計でしょう。
コメント主たちは、現実的な感覚も共有していました。

  • 集約層は残るが、置き換えは続かない
  • メンテナンスは思った以上に重い
  • 市販品が優れているなら素直に使う

それでも、作ること自体の喜びと学びを否定する声はほとんど見当たりません。
AIによって、誰もが「自分専用のOS」を持てる時代が少しずつ近づいているのかもしれない。
少なくともこのスレッドの空気は、そう感じさせるものでした。

もしあなたも「自分専用の何か」を作りたいと考えているなら、まずは普段使っているアプリを並べてみてください。
そして、それらの間を行き来している無駄な時間を一画面にまとめる。
これが、最も後悔の少ないスタート地点になるはずです。

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